2013年4月21日 全日本トライアスロン宮古島大会



 宮古島大会は年齢制限がある大会なので、私は卒業大会となるのです。 そのためこの大会はおおいに楽しもうと思って参加しました。  











 本来なら写真のように当日はエメラルドグリーンの海を泳げるのでしたが、 朝起きたときには風が有りチョット寒かったです。スイム会場までバスで移動して スタート前の準備をしてラン・バイクの袋を預けてスイム会場に行くとチョット波があり、 運営スタッフの雰囲気が変なのです。そうスイムが中止になってしまってデュアスロンに 変わったのです。でも困りました。最初のラン用のシューズを持って来ていないのです。 要項では準備するようになっていたのですがほとんどの選手は持って来ていません。 トラックに積んだ荷物を戻してとスタッフにお願いしたのですが、 実行委員会の決定まで待ってと、結局返してもらい履いてランスタートに。




 最初のランは6.5Kmで8時スタートになり、私はノッチの後を一緒に走ってました。 途中でノッチは立ちションで居なくなりましたが、バイクは風が強く横風の時は ディープリムのためハンドルが取られそうになり、特に池間大橋ではおっかなかったです。 1周目はそれでも順調で池間大橋の手前で部長をパスして、2周目はチョットお疲れで それでもバイクは目標に近いタイムで走れました。









 ランが問題なのです。不整脈が出ないように慎重に走り出し、応援の方には感謝しながら 楽しく、ものすごく遅いペースになっているのですが順調に途中から佐渡で一緒した若者? と一緒に折り返しまで前後しながら、折り返しから戻ってくる知り合いには応援して? (逆に応援されている!)折り返し後のエイドでは少し休憩し、部長とどこですれ違うのか 楽しみにしながら(途中でやめていないか心配してました!)戻って来ましたら、 すれ違いましたお疲れの部長と。
 35Kmになるとさすが足が動かなくなって暗くなってきました。ラスト5Kmで後1時間の 花火が上がりました。なんか残り時間が少ないなーと、そうですスタートが1時間遅かったからです。


 部長大丈夫かなと歩いたり走ったり沿道の応援に感謝してゴールトラックに入ったのですが 一緒にゴールするはずの家内が出てこないのです。そんなとき富田さんが出てきて一緒にゴール手前で うろうろしていたら出てきました。時間に間に合わないと思っていたようです。

部長のゴールを心配してあの調子では無理かな!と思っていたら、直ぐ後に入ってきました。ランの追い上げが凄かったようで こんな走れるのなら何でいつもバスにのるのでしょうか!?。
則井さんが部長が完走したのを始めてみたと!。

宮古島大会最後の大会を大いに楽しんで来ました。
ただ心残りがスイムです・・・・・。